読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ドキドキしちゃう

ダメな人の自己愛ドライブレコーダー

世界のネカフェから  ブログのメイン。管理人の見た世界の不条理。
ツイッター   ゆるふわ日記。思考回路オープンソース企画。

夢について(夢が夢でなくなってきた)

子供のときから違和感があったのだけれども、「将来になりたいもの」と「寝ている間に見るもの」とが同じコトバで「夢」とされていることがどうしても納得いかない。
このなんだかよくわからない違和感は、中学生位でテレビで明晰夢というコトバが私の「睡眠中みるもの」に該当するのだと知って、少しだけ解決したのだけれど、やっぱりコトバとして不思議だと思ってしまう。

 

あまりそれとは関係なく今日は寝ているときに見る夢の話です。将来の
夢など私にはなにも
ない
いらないなにも!うそですください。

私は、よくいわれるとこの
「はっ!夢だったか!」体験
をあまりしたことがなかった。
だってわかるじゃん普通・・・と思ってた。
それはネタみたいなもので、電話がツーツーなってるのに「もしもし?!もしもし?!」っていい続けないといけないお約束ーみたいな世界かと思ってた。
例外は、あまりにもリアルな夢。
そのまま起きて着替える夢とか、学校に行く夢とか。これはあまり気づかないで、
「はっ!!」
ってなるなる。
でも、何か心地よいとか不快なものや非日常性があれば絶対に間違うことはない自信があった。
「夢かぁ・・・」ってそりゃそーでしょわかるでしょ!っていうのが普通かと思ってた。実際他の人がどうなのかはよく知らないんだけど、、

私にとっては夜に見る夢は舞台設定こそ自由にはならなかったけれど観賞型もしくは体験型のストレス解消娯楽システムに近いもので、見ている間はだいたい意識も主体性も自分のもので、「そろそろ起きないとまずいけどストーリーがおもしろくなってきちゃったからもっと見ていたいどうしよう」とか悩みつつ夢を見ているとか「もっとこういう方向へいってみようか」とかそんな感じだった。だから「悪夢にうなされる」経験もほとんどしたことがない。悪夢自体は見るけど、「ついついいやなテレビ番組を見つづけてしまった」位。
そんなに見たくないんなら目を開ければよいだけなんだけどさ、でも怖いもの見たさってあるよねーって思っていた。

明晰夢とはいえ自分の行動以外のコントロールはあまりできない状態だったし、かつ、知っている人が登場することも少なく、中でも「好きな人」の夢だけは絶対に見れない設定になっていてこれも謎だった。

 

続きは翌日にーまで自由にコントロールできるとか、どうにかレベルアップしたいと思って夢日記を書いていた時期もある、黒歴史のひとつですね。
2chあたりでユウタイ離脱がはやったときも楽しく乗っていた。ユウタイ離脱がちゃんと成功したのは数回だけれど、そのときの練習方法が瞑想に近いので不眠症に悩んでいる今も疲れをとるのにかなり利いているような気がする。ひとにいうと引かれるので絶対言わないほうがいいw

 

夢はあくまでも夢で、リアルとは全く違う遊びの世界だった。

 

   ■■■

そういう訳で、
リアルと夢を混同するなんてどうかしてる奴だけなのさー・・・とずーっと思っていたのですが!

 

最近、おかしいんですよ。わかんなくなっちゃって・・・

 

誰かのことを考えていると本当にそんな夢を見たり、食べ物の夢とか、なんか、、、なんか、、、自分の夢が露骨になってきた気がする。
それ夢じゃない、
欲望だよ、しかもそれ丸だしだよ!!!っていう。
あのさ、それじゃあさあ、フロイド的な解釈の余地がゼロなんだよ!っていう。
もうこれ夢判断とかいらないんじゃん、
わかったよ、
お寿司が食べたいんだね私は!いいじゃんたまには奮発してお寿司食べにいこうよ次のお給料出たらばさ!

 

なんか・・・情けない通り越して屈辱的なんですけど、何がいけないんですかね。
こないだも、「こんな、こんなうまい話はまるで夢みたいだー」なる自分の台詞があって、「いやいや、まさか夢だ、確認してみよう → やっぱり本当だ!すごいぞ!!」というような今までの私の夢観を全否定するような夢オチ体験をして、正直人生に絶望したといっても過言ではないです。ショックでした。なにが明晰夢だ笑ってしまうよ・・・ぜんぜん夢だとわからんかったww
夢オチとか、そんなのないよ。おかしいよ。。。

夢なんてね、自分でつくるもの自分で描くものであって、見せられるもんじゃないんです!(机ドン)

 

   ■■■

 

どうしちゃったんだろう。
こんなことで悩むアラサーっていうのもどうなんだろうというほうが強いかもしれないけど恥を忍んで書くよ。どうでもよすぎるよ。