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ドキドキしちゃう

ダメな人の自己愛ドライブレコーダー

世界のネカフェから  ブログのメイン。管理人の見た世界の不条理。
ツイッター   ゆるふわ日記。思考回路オープンソース企画。

feat. ラーメン屋 対 チャラいラーメン屋

世の不条理を見つけたら

現在、我が国固有の文化としてあまねく全国に根付いたラーメン文化を例にして考えてみる。

 

ここ十年間のことと思うが、ラーメン特集を組んだメディアには大勢が飛びつき、地域を冠したものからつけめんといったスタイルを示すものまで、流行が出来ては消え、新たな店が行列をつくり、のれんを分けた店は地方にまたブームを起こしてきた。

しかし、15年程前までは、ラーメン屋といえば、薄汚い、壁には450円から始まる中華麺の他に、レバニラ定食や炒飯、カレーまでもが同列に並んでいるような店(店名はダントツでナントカ軒)を指していたと思う。少なくとも、現在中心となっているような、メニューがラーメンとチャーシューメンと味玉のみ、女性ひとりでも違和感のないきれいなカウンター席、こだわりのだしを効かせた自慢のスープ、BGMはこじゃれたJAZZといった店は想像だに出来なかった。

時代の流れ(個性化志向)に沿うように、前者はいまや絶滅危惧種となり、後者はわずかな違いを個性と呼びながら飽和状態となっている。ラーメン屋に入って「餃子に半ライス!」はもはや死語なのかもしれない。

 

ここまでの文章で、前者を愛し後者を批判する目的の懐古趣味のくだらないつぶやきであると思われるかもしれない。ある意味ではそれはその通りかもしれない、しかし、同時にまた今時の洗練されたラーメンをも愛する若者の一人である私が、このような文章を書いている理由は何か。

 

私は現代的ラーメン店に入るたびになんとなしに後ろめたい気持ちになるのである。決してろくにおいしくもない絶滅危惧種の中華麺を志向する訳ではない。この気持ちを懐古趣味という四文字に押し込めて、例えばカメラのフィルムがコンビニに並ばなくなったというようなまた別の気持ちと同列、いや、全く同じものとして扱うことが果たして自分の中で許されるかどうか、はかりかねているのである。

 

これらの違和感を懐古趣味ときりすてることは全く簡単であるが、しかしそれは思考停止と言えはしまいか。現象は言葉にすることでカテゴライズされ、きれいに整頓される。よく整理された世界は美しいが、画一化された個々の現象は元来の意味をすでに失っている。
更に言えば、全ての他者はそれぞれ別の人生を生きており、言葉は全てそれぞれの人格によって定義されている。言葉を伝えることは、それが全く別の意味で伝わるリスクを内在する。

 

現象が言葉にした瞬間に壊れるものであるならば、他者に伝えるようとすることは無意味であるか。私は、言葉により現象が傷つくリスクを超えて、他者に表現したいという願望がコミュニケーションを進化させたと考えている。それゆえ人間は他の動物の追随を許さずに比喩などのレトリックを大いに発展させ、詩をつくり、言語を離れて音楽をつくり、或いは身体をフルに使って視覚的に表現するなど、あらゆる方法を模索してこの問題に打ち勝とうとしてきたのではないだろうか。
ゆえに、例え言語化が即座にうまくいかなくても「なんかおかしくない?」や「ちょっと待てよ」をそんなに早く片付けないで自分の立ち位置をいちいち考えてみるほうがむしろ健全なんではないでしょうか…と自信はないけど、思ったりするのです。

 

自分の立ち位置を考える

自分の立ち位置をどのように決めるのか、繰り返しもあるが、まとめてみる。
さて、このラーメン問題を前にして、自分がどの立ち位置に立つのか。この問題を考える前提は、「ラーメン(或いはラーメン屋)が好き」である。麺類が嫌いな人間はそもそもこの現象にも気がつかないし、興味もない。そして、その度合いに応じて方法は大まかに3つある。
①(この問題について大した愛情がないことがはっきりしている場合)は、上述のように適当なカテゴライズで一刀両断すること。
②(すごく愛しちゃってる場合)は、「ご当地ラーメンの誕生」から「戦後中華屋が乱立した背景」「高度成長期におけるサラリーマン文化」に至るまで徹底的に調べ上げ、「今後どのような政策が期待されるか」まで意見をスラスラ言えるようになること(=オタク)。
そして③は、(②のような一家言がいえないので)現象は現象として眼の端で捕えつつ、時流を見ながら自分の意見をゆっくり醸成させることである。(変遷を見ることで理論武装も可能になる。→年配者は経験値が高い)その中で、結果納得した場合は①に離脱してもよいし、観察者としてこの文化の変遷を見守ってもよい。
※①~③どの場合でも、あーでもないこーでもないそれはそーかもしれないが、とか考えないと、基本的には自分の立ち位置は決められないと思う。

※立ち位置が決まっているひとのイメージ
「あたしだって色々考えてますよ」
「嘘つけ」
①    「ばれましたか、ぶっちゃけ興味ないっすから(笑)」 
②    「○○が○○だから多分○○とは思うんですけど△△について十分に調べてないからまだ××の部分で迷っているんです!」

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そんな感じです。