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ドキドキしちゃう

ダメな人の自己愛ドライブレコーダー

世界のネカフェから  ブログのメイン。管理人の見た世界の不条理。
ツイッター   ゆるふわ日記。思考回路オープンソース企画。

占いが好き

占いが好き。
解釈次第でどうとでもしようとする調子のいい根性が好き。

   ■

占いの動機は、自分ではわからないものを明らかにすることにある。
自分でわかるならば占う必要ははじめからない。


女の子が花占いをしている。
一枚ずつはなびらを摘みながら、「彼は私のことを すき きらい すき ・・・」
とやっている。
彼のことをよく知らないので彼が彼女をどう思っているかわからないのだ。

他人の気持ちがわかる現象なんて現実にはありえないが、でも彼の気持ちをどうしても知りたいので、彼女は相談の相手に花を選んだ。
なぜ花か。
第三者は答えを簡単に導き出すからだ。
言葉を解するふつうの人間は、「聞いてみたら」とか「告白してみたら」とか適当且つ適切な答えを勝手にいう。

そんなことわかっているのだ。
彼の気持ちは本人に聞くしかわかりようがないなんて、当たり前すぎて反吐が出ると彼女は思っている。

正しい答えを知るのが怖いのだ。
怖くて彼には聞けないし、彼以外に聞けば彼に聞いてみろとその一番怖い方向に話が流れることが決まり切っているのだ。
それがわざわざ花なんか持ち出してうっとり思い悩む理由なのだ。
そんなこと当たり前だと彼女は思っている。


一枚ずつはなびらを摘みながら、「彼は私のことを すき きらい すき ・・・」
とやっている。
内心、バカみたいだと彼女は思っている。
花びらの枚数と彼の気持ちに関連がないこと位そりゃあ彼女だって知っているからだ。

第三者は正しい答えを言ってしまうだろう。
「ねえ、聞いてみないとわからないよ」適当に背中を押してしまうだろう。第三者は答えを簡単に導き出す。勝手に当然のことを言う。

(彼と彼女の世界の外で自由気ままに生きている第三者を、しかし彼女は羨ましく思わない)


なぜ彼の気持ちを知ることが怖いのか。
彼が自分をどう思っているか知りたくてたまらないのに、知りたい結果が出てくる確率が低いのだ。
確率?
自分に都合のいい結果が出る確率。
それ以外なら、死んでも知りたくない、だから彼女は言葉を探すよりも花びらの枚数を数えるほうに意識を向けてしまう。

花びらの枚数が少なくなってきて、もう数えなくてもわかるようになってしまった。
自分に都合の悪い結果が近づけば彼女は「こんな占い信じない」と言うだろう。
それはアドバイスをしてくれたひとに向かって「勝手なこと言わないでよ」というよりも少しは簡単だ。


占いの動機は、自分ではわからないものを明らかにすることにある。
自分でわかるならば占う必要ははじめからない。

彼女にとって彼を好きな気持ちにはためらいがない。
この偏向は彼女がいま生きているおはなしの設定だ。前提条件でもいい。

彼女は占う必要を体感しないので、一度も「本当に彼が好きなのかしら?」を占いたいとは思わなかった。
この冷静で破滅的な自問を考えていくと「そうでもないかも」が出てきてしまうからだ。

そうではないかもは、文字通り可能性にすぎないが、今まで1ミリの隙もなかった前提が揺らぎだす、いま彼女が生きている世界の終わりだ。
幻滅という。
広義ではそれもおそらく失恋なのだけれども、彼女はそういう言葉で設定から自由になった自分を認知することはないだろう。





ここまで考えた後にそれでもこう言う彼女がいる(こともある)。
「でも」
接続詞の後には何も続かなかった。
この理由のない頼りないでもこそが唯一頼りにできそうな恋の証明なのではないか。そう思った彼女は、どうしてもそのことを確かめたくなる。
彼にもう一度会いたい、そうしてようやく彼女は花を捨てる。
曰く、占いに飽きてしまったというわけでは、ないらしいけれど、どうにも言い訳くさくってそれは言葉にならないようになった。