読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ドキドキしちゃう

ダメな人の自己愛ドライブレコーダー

世界のネカフェから  ブログのメイン。管理人の見た世界の不条理。
ツイッター   ゆるふわ日記。思考回路オープンソース企画。

こじらせ女子でもナンパは不快だったりする話

はてなブックマーク - 暮らし - ナンパの是非 - Togetterまとめ

ってのを読んでみた。全然話が通じない絶望感w

 

「ナンパされて不快になる心理がわからない」「ナンパくらいで」「コミュニケーションガー」 とつっこみどころ満載の声が並んで、容赦なくつっこまれてたけど。 

「だって怖いじゃない」という意見に「善のナンパ、悪気がないナンパについてだから」とかなんとかお気楽な話をし たいとかで平行線のままだった。

 

 

しかし、思うに、気軽なこみゅーにけーしょーんの場合ですら女は基本的にナンパに不快を感じてもおかしくないのよね、と思ってしまったので書いてみる。特にこじらせてる女は。

 

「ナンパくらいで人格否定に走るなんて行き過ぎだ」、という意見、これが一番正論である。 ナンパされたって殺される5秒前でもあるまいし、拉致されると決まったわけでもない、世知辛い社会じゃなければ ちゃんと叫べば誰かがかけつけて助けてくれるーーこれをお花畑の発想だと思うひともいるかもしれないが、ここで話 したいのはそんなお花畑の世界を前提に考えてみても、それでもやっぱりある種の女にとってナンパは不快になりうるとい う話だ。

 

なお、ここでいうナンパは「声をかける」行為だけだ。それだけで不快になるだろうか?

なるのだ。すごいだろうw

なぜか。

 

男性側の本音「本当はうれしいくせに」は今だってどうしてなかなか有力なセリフだ。この煽りで似非フェミだったら 炎上しちゃったりもしかねない(図星で。似非でないフェミなら歯牙にもかけない) 私が論じたいのは、「本当は嬉しいから」という可能性であり、嬉しいからこそ、ますます不快になる構造について だ。

ナンパされてふつうに嬉しい場合のセリフは 「ナンパされちゃったぁ☆」 というモテ自慢である。 

とおりすがりの男に外見を評価されたことに喜んでいる場面。 

(ヤレそうだったから声をかけられたなんて難しいことは考えてない)

 

親しい友人よりも家族よりもバーのマスターにしかはなせない悩みがあるように、 偶然出会った通りすがり男性の意見は、偏見がないぶん知己の男性のそれよりも客観的第三者的評価に近いのではない か、そんな期待を引き起こす。錯覚だけどね。

「ナンパされちゃった☆まわりは気づいてないあたしの魅力ってやつがとおりすがりのあのひとにはちゃんと見えたの ね!」 

本音はこんな感じだろう。 

冷たい目で見られるのは当然だ、しかし、これはまだお姫様願望が春らんまんなんだね、とか、ナルシストの痛い子な んだね、で済むセリフだろう。

その錯覚により「正しい」社会的評価を受けたという事実は自分の外見へのの自信をつけることになる=嬉しく思うっ てのはそういうことだ。

 

もう一歩進んでみる

「ナンパされた」ということを 、「女である自分が見られる側の性として、見る側の性である男性からよい評価を受けた」 と理解するとどうなるか。

ナンパされた喜びは、支配層(社会的強者である男性)から認められるという男尊女卑的な世界観への追従に等しい、と理解した女性の世界では、いつの間にか、無邪気な☆つきのセリフはこんな意味にまで翻訳可能なものになる。

「この度、私という存在はこの世の特権階級であらせられます男性に仕える女性として、しかも魅力的な女性として、認めていただけたのであります!慶賀!」

自分の尊厳を地になげうったようなあっちの世界にまで状況が変わってしまうのだ。

どうみてもやばいひとだ。自意識ではもちろんこんなの本音として採用される訳がない。

 


付け加えておきたいのは上記の心理の展開スピードは瞬間ということだ。

ナンパを否定しながら「本当は嬉しいと思っている」なんて自覚している女性はツンデレもののラブコメでもない限り まずいない。

 

「本当は嬉しいくせに」という揶揄に対して(冷たく否定、のほうがもちろん通常の反応ですが)女が顔を真っ赤にしてつっかかってきたとしたなら、彼女は「本当は嬉しいと思ってしまった」自分こそを否定するために必死になってナンパしてきた者に攻撃をしている可能性が高い。 

その攻撃は、その男性に向けたものではなく、性差別構造にはからずも組みしていた自分を許せないという気持ちの投 影(対象が実は実在しない)なので、容易に仮想敵認定された相手の人格攻撃までエスカレートする。 

また、「ナンパされるとなぜか落ち込む」女たち(自分がそう、個人的にはかなり多数いると思っている)は、おそらく無意識にこれをトレースして自己嫌悪しているのだと思う。

 

大事なことだけど、「ナンパされて(本当は、ではなく)ふつうに 嬉しい」女はいる。いっぱいいる(といいな)。

 彼女たちは(まだ知らないのか、ふりきって自由な世界に生きているからかはわからないが)性差別のない世界に生き ているのだ。正直うらやましい。知らない人間から笑顔で話しかけられても、ナンパも道を聞かれるのも同じと思って いるのだろう。

 

現実に、硬派でナンパなんて考えもしない男もいる、ナンパを気軽にする男も、こみゅにけーしょんの練習台としてナンパのまねごとをする男もいる(らしい)。

それを笑って許してくれる女はいる、そして、許せない女も多い、許せないけど笑って許してあげるふりをする女は今 回のまとめで可視化された。現実の率がどのタイプが多いかは知らない。誰のコンプレックスも顔にだだもれなんてあ りえないからだ。


さて、冒頭のまとめの炎上発起人の盛大な甘え 「ナンパくらい許してくれたっていいのに」

 そういうことで、やっぱりちょっといただけないですね。