ドキドキしちゃう

ダメな人の自己愛ドライブレコーダー

世界のネカフェから  ブログのメイン。管理人の見た世界の不条理。
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楽園を知っていますか(自称エロくない記事-2nd Season)

※プライバシー保護のため音声を変えています。

楽園を知っていますか。
そこではみんなが裸でした。早速嘘をつきました。裸だったのは端っこの一部です。そして、裸ゾーンと着衣ゾーンがうっすらと目視で判別できました。
どこの話かと言うと、その名もパラダイスビーチという、まあヌーディストビーチで有名な白浜です。ギリシャのとある島にあります。

当時色々と鬱屈していた私は新世界の解放感を求め、迷わず水着の上からワンピースを被って無表情で楽園に向かったのでした・・・

   ■■■

楽園の人々は皆が皆開放的なように見えた。
各々が好きな恰好をして、好きにくつろいでいた。

ある者はきゃっきゃうふふし、ある者は裸のままひとりセイウチのように寝ていた。或いは浴室の死体のように。

ビーチエリアのなるべく片隅にある小さなパラソルを見つけて生ジュースをちびちびやりながらひとり膝を抱えていると、目の前を老若男女の裸族が次々に通り過ぎて行った。場所柄、老と男が多かった。ここは世界的にも有数のゲイの聖地でもあり、そして遠い記憶の中の私は腐っていた。俄かの烙印を押され、腐った世界にも居場所を失い彷徨った日々。ちょっとかっこいいなと思っていた友人のカミングアウトに感じた親愛の情と漠然としたがっかり感。彼の「タイプ」が当時の私の彼氏と判明して本気で警戒したあの頃。

いかにも楽園にいそうなイタリーなちゃらい男が声をかけてきた。
「ヘイ、君も脱いだらどうだい?!」
どう考えてもこのセリフがアウトにならない世界って他にちょっと思いつかない。すごい場所に来てしまった。太陽が眩しかった。思い切って私はビキニを取り払った。つ、ついに初野外露出。やっぱりドキドキする。来るべく抑圧からの解放感を期待して。
こ、これは・・・

楽園の片隅で、どこまでも青いエーゲ海を見つめながら私は呆然としていた。素っ裸で。
だめだこりゃ、と思った。なんでかけらもドキドキしないんだ。

なんで。全ての感情が無に還っていく。
唯一残ったのは希望、、ではなく、行き場のないやるせなさ。
それを必死でかき集めて、何とか体裁を整えた。ぼんやりとした憤りに近いそれを抱えて、私は波の向こうに歩いて行った。
きゃっきゃはしゃいでいる数名の裸族からも離れ、浮き立つ白浪に抗いつつゆっくり沖へ進む。誰も近くにいないことを何度も確認してから、せいいっぱい体を波の上に載せて、私は裸族ひしめく浜辺に向かって叫んだ。
「バーカ!何が裸だバーカ!」
それはブーメランにさえならなかった。自分も十分裸だったからだ。

嗚呼。

日本人だからダメなんだ。
野外露出はそもそも日本のお家芸ではないか。初めてでもなんでもなかった。
銭湯を愛するDNAが、露天風呂の文化が、野外露出をもあったりまえのものとしている。別に普通だ。水着の解放感と裸の解放感はニアリーイコールゼロだ。君の頭がどんなに数字に弱くともだ、身体の表面積と水着の表面積の差について考えてみたまえワトスン君。
わ、わざわざ脱がなくても・・・
いや、違う。常識を疑えは基本のキではないか。自分の第一印象ほどに信用のできないものはない。
こうして念のために水着バージョンと全裸バージョンで海で実際に泳いでみる対照実験を複数回行った結果、布面積の違いによる抑圧からの解放感には有意差が見られなかったため、私は裸でいることをやめた。

 

ひょっとするとこの問題の解決には見られたい願望の有無がキーとなるかもしれないと考えた。欲求としてのチラリズム追求関係諸問題はよく理解できる反面、、そうだ、私は見られたい願望類の欠損した個体なのだろうか。この問題は私の特段の興味をそそらなかったため保留とされた。


何ともいえない気分で粛々とビキニの紐を結んでいると先程のイタリア人のチャラ男がまた声をかけてきた。彼は私の2張隣のパラソルの下で両脇に女を従え、ウォッカのボトルを掲げて爽やかな笑みを見せている。一緒に笑顔をくれた女性は一人は素っ裸、一人はビキニスタイルだった。ビキニのほうは彼のグランマでもおかしくない。
楽園に住む彼は一切の差別をすることなく日本人喪女にもこうして声をかけてくれたのだ。私が遠慮すると、彼は臆することなく別のパラソルにいたおば様を口説きにかかった。結果は不調に終わったが、彼の鮮やかで爽やかな技術は見ていて気持ちのいいものだった。彼らが女を口説く場面を見て思い出すのはいつも走光性だ。このサガを仏教界は業、実存主義世界では不条理と呼ぶ。

暇にあかせて再度声をかけてくる彼のお酒は丁重に辞退したが、私は彼の気遣いに素直に感謝の意を表した。彼は毎夏母国からこの楽園に渡り余暇を過ごすとのことだった。ここはリアリーな楽園で、ベリーオープンなところが素晴らしいと。私も本当にそう思う、と言った。ここは自由で素晴らしい世界だ。酒池肉林とデカダンスのまりあーじゅだ。
彼らとの小さな会話は楽しかった。まあ、ひとと会話をしている間くらい、股間のブツをいじりまわさないではいられないものかと思ったことも事実だったが、楽園にはルールはなかったし、あったとしてもそれは楽園に暮らす者のものだった。

会話に入っては抜け、これもまた我々に平等に煌めく太陽をしばし堪能した後、当然の如くに社交辞令で引き留めてくれる気のいいナポリタンに三顧の礼を言って、私は帰路についた。
バスに揺られながら、私はブラジャーをしないといけないことになっている世界で生きていこう、と思った。

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有漏路より 無漏路に帰る一休み 雨降らば降れ 風吹かば吹け(一休宗純

 

 

 

・注意
この物語はフィクションです。実在の人物及び団体には一切かんけーありません。特に私の知人の方はそーいうことにしておいてください。