ドキドキしちゃう

ダメな人の自己愛ドライブレコーダー

世界のネカフェから  ブログのメイン。管理人の見た世界の不条理。
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土曜日の午前11時のミヤマコーヒーに、

土曜日の午前11時のミヤマコーヒーに、安藤さんは  絶対に  いない。
そのことをわざわざ絶対をつけて指さし確認する癖がいまだに抜けないことを少しだけ恨めしく思う。少しだけは嘘だ。出てきたカルボナーラを流し込むようにして食べて、食後のコーヒーを急いで飲んだ。私はだいぶ苛ついていたようだった。ミルクをいれようとしたら滴がはねて卸したてのワンピースを汚そうとした。

こんなにいいお天気の日に、ねぇ。
誰かを探したい動機がそんなに本当であるならば、そのひとがいるところを、少なくともいそうなところを探すべきなのだ。お前はどこをほっつき歩いているのだと、そんな確認が一体いつまで必要なのだろうかと思う、そのたびに絶望的な気持ちになる。


時間通りに階段を上って、大きく深呼吸をしてから、久しぶりに美容室のドアをくぐった。美容師さんの髪型が変わっていたので一瞬とまどってしまった。随分と久しぶりだったことを案の定責められた。*1
「君はね、サボりすぎ」
・・・スミマセン。
10年前は男のひとに髪の毛をいじられるなんて考えるのも嫌だったのに、ひとは変わるものだと思う。
彼はひとりでしごとをしている、正確にいうと猫とふたりでしごとをしている。
そこは広くて彼の仕事に必要なものと関係のないものが整然と並んでいる。関係はなくとも彩りとしての機能をもつさまざまはそこを規定するためにある。
夏目漱石ノルウェイの森もワンピースもレゲエのCDもきちんと並んでいる。その空間で髪を整えてもらう時間が私はとても好きだと思う。
美容師さんは人の話をまったく聞かない。今日は私の仕事を完璧に言い当てて、私はびっくりしてしまった。人の名前も覚えないので、予約の電話は名乗る前に関係性から説明することにしている。ほら、○○の友達で、そう、ロングの、○○です、はい、ひさしぶりなんですけど、わかりますか、、はい、はい。それではよろしくお願いします。随分と変な電話をしていると思うけれど多分そうしないと伝わらないのだ。

シャンプーの間、話をした。
どうも私の話が色々と伝わっていたようで、「ずっと大変だったんだね」と言われた。
そうなんです、色々あったんですよ。
その頃に彼から教えてもらった宮本輝に私がどのように救われたかについてお礼を言えたことに私はとても満足感を感じた。消費税が上がる前に、巨匠とマルガリータという彼が強く勧めるロシア文学を注文したことも言った。まだ読んでいないのでネタバレは禁止した。それからは本の話をずっとしていた。また積読リストがかさばってしまって、私はそれを拒めない。

渡されたダヴィンチには穂村弘のエッセイの広告が載っていた。それは「蚊がいる」というもので、昔L25で連載していたものをまとめたものらしかった。当時の連載に私は夢中になっていたので、とても興味があった。
美容師さんは穂村を嫌いだといった。理由を聞いてみると、かっこわるいのにモテるからと説明していて、私はとても納得した。私もそうだと思った。私のようなバカな女がみんな好きになるようにできている種類の人間なのだ。だから私は彼のイベントには行かないと思うと私は言って、それから穂村のワルグチのような話をして盛り上がった。美容師さんは見た目も生き様もとてもとてもかっこいい。かっこいいからモテる、だからこそかっこ悪いのにモテるひとを自動的に嫌いになる仕組みになっているのだと思う。どっちにしてもモテるひとはモテるだけで、おんなの取り合いはそこには発生してはいないのではないかと思うけれども。

これからどうするの、と聞かれて、「デートなんですよ」と一回言ってみたかったセリフを言ってみた。
美容師さんはそれはいいねと笑って分け目の選択に集中した。話は当然それで済まなくなって、私はこれからについて完璧なストーリーと知っていることと知らないことを混ぜっ返して即座にでっち上げ、二人でいいねと笑った。彼がひとの話をやたらに聞き出すくせに全く聞こうとしないので、私が会う相手は1時間の間に3回は役名が変わっていって、確か最後は私の会社の先輩と会うという話が勝手に組みあがってしまって納得されてしまい、一体なんなのもういいやと思って苦笑した。最後に彼はいつもと違うスタイリング剤を選んできて、念入りにつけた。出来上がった私をチェックして、眉をしかめ、トリートメント剤が残り過ぎているとか言って結局シャンプーからやり直しになった。時間がかかってしかたない。

私はプロフェッショナルなひとがとてもとても好きだ。

勿論、出来上がりは予約の時間通りだった。
温かいお茶とおせんべいをいただきながら、行きがけに下してきた一万円札を渡した。増税なんたらなんて野暮もそこではなんにも関係のないことのようだった。

私は自分がこうやって自分にとってなにかになる場所をいくつか知っていることについて幸運だと思った。変わらない場所は安全だ。絶対にそこには過去や気のせいたちは入ってこれない。

 

ありがとうございますと言って上着を着せてもらう頃には、私を悩ませた苛々はすっかりとどこかに消えてしまっていた。ひとと喋り過ぎたかもしれないことが少しだけ心配になったのは本当だけれども、外はすごくいい天気だったしそんなことは関係のないことだと思った。
空を確認してから地面に降りて、駅に向かった。その次に来た山手線のドアが、それももちろん時間通りに、いつもの音をたてて閉まった。

 

 

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楽しみー。最近全然本読んでないけど。巨匠もマルガリータも全然出てこないそうで最高だそうです。

巨匠とマルガリータ (上) (群像社ライブラリー (8))

巨匠とマルガリータ (上) (群像社ライブラリー (8))

 

 

巨匠とマルガリータ〈下〉第2の書 (群像社ライブラリー)

巨匠とマルガリータ〈下〉第2の書 (群像社ライブラリー)

 

 

*1:前回も勿論同じ会話があった