ドキドキしちゃう

ダメな人の自己愛ドライブレコーダー

世界のネカフェから  ブログのメイン。管理人の見た世界の不条理。
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【イラン~アゼル国境アスタラ】全部脱げってそれなんてセクハラ、と思ったけど全然違った

「ここは随分マジメに取り調べるんですね」
形式的なボディチェックからは考えられないほど執拗に胸を揉まれた入国審査の不快感を若干思い出しながら、なんとはなしにつぶやいた私のぼやきは、疑問文になって返ってきた。

 「イランはどうだった?いい国だったか?」
「旅行していてとても楽しかった。どこにいっても美しい街ばかりで、みんなおしゃれで知的だし、なにより優しいひとが多かった」
「いい面しか見ないからそんなことが言えるんだ」
そこはイランの北とアゼルバイジャンの南とを繋ぐ国境の街アスタラのアゼル側で、つまり

f:id:denkilemon:20150112005210j:plainらへん、そして横を向いたまま言った彼は税関で働く人間だった。
隣の国と言うのはどこにいっても近くて遠いのだと思いながら、私が口に出したきっとそうなんだと思うは思ったより小さく響いて彼の耳に届いたかはわからないまま消えてしまった。
「わかるだろう?ほんとにしょっちゅう、こんなことばっかりなんだぜ」
周りを探してもマトモに英語が話せるのは彼ひとりだった。有名ホテルのボーイから転職して公務員になった彼は、聞き出したいことがあったのか、外国人の私に気をつかったのか、彼自身も暇だったのか、とにかく暇を持て余す私の隣に来てくれたのだった。

彼の指す「こんなこと」とは、麻薬騒ぎのことだった。国境を越えて走る国際長距離バス、その座席からヘロインが数ミリグラム見つかったというのだった。私を含め乗客は全員足止めをくらい、何も出来ないままもう二時間もたつころだった。
乗客は男女別に隔離され、主に犯人捜しなど殺伐とした風景は男性側で行われているのだろう、何を待っているのか、どうして待っているのか、いつまで待たないといけないのか、何の情報も与えられずに苛々を募らせることしかできなかった。

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(問題のない車がどんどん通過していくのを見ていた)


風が爽やかに吹いていた。もうイランを出たのでスカーフはもう外してもいいことになっていた。長袖をまくってもなんの心配もいらないというのは何にしても嬉しいことだった。スカーフはおしゃれです的なイラン側で見つけたプロパガンダポスターはイランの国内でももう力を持たなかった。
「脱ーげ!」と囃し立てる女たちは私にアゼルバイジャンは自由な国だからと自慢げに後ろに付け加え、私もノースリーブになって笑った。
職員のおばさんが魔法瓶に紅茶をいっぱい入れて振舞ってくれた。
暇な乗客はどこからか持ってきたおかしを食べ、誰かが手に入れてきたスイカを分け合って、おしゃべりに興じていた。何を待っているのかわからないがバスが動くまでとにかく待つしかないのだった。

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突然、招集令がかかって女たちの乗客は待機していた庭から建物の中に集められた。みななにか抗議していたけれども言葉がわからない。どうやら外国人だけひとりずつ別室に呼ばれて取り調べをされるという。怪しげな外国人はどうみても自分だった。私が一番になった。
荷物検査の話は聞いたことがあったが初めてだった。別室には数時間前に私のボディチェックで胸をもんできた女性係員と、さっきお茶を配ってくれたおばさんが白衣を着てたっていた。
持っていたショルダーバッグをひっくり返されて、ひとつひとつ検品される。勝手にバッグを見られることがここまで不快だと私は知らなかった。女性係員は次々と所持品を検査していった。大したものは入っていない。
「これは何」「飴です」「これは」「目薬ですけど」
検品が終わると、係員はうんざりした顔のまま言った。
「脱いで」
予想はしてたけど嫌だ。嫌すぎる。日本人特有のあいまいな笑顔でなんとかならないかと試してみるも当たり前だが全然効かない。ただ、不思議なことに乳首見られたときより服の中に隠していた貴重品袋の虎の子紙幣の存在がばれたときのほうがショックが大きかった。
命令されるままジーパンも脱がされた、下着も脱げと言われた時はさすがにひきつってしまい、まじで、と聞くとまじで、と返ってきた。同性とは言え他人の股間をチェックする仕事は時給いくらならやってもいいかなとかそういうことを思いながら全部脱いだ。AVだったらここは相当盛り上がるシーンだろうに生憎現実、かけらも楽しくない。やられる私がこれだけ嫌なんだからこれはセクハラだと認識してもいんじゃないか、しかしちょっと考えてみれば行為の外形がどれだけセクハラに見えても違うのだ。脱がす側もものすごく嫌な顔を続けてこの状況が全然楽しくなさそうである。そう、双方が必要性まで仕方なく了解しているので全然性的にも嫌がらせにもならないのだった。加害者が加害に無自覚で「そんなつもりはなかった」とか言わないとセクハラってのは構成されないものなのだ。
人前で全裸にさせられて考えていたのはそういうことだった。どこから切ってもただの嫌だった体験の枠を出ないという事実は意味もなく私を落胆させた。何考えてたんだろうほんとう、
とにかく立てとか座れとか足を開けとかこれは何かのプレイでしょうかなセリフを本気で現実世界で言われる立場になるなんて思いもしなかった。小道具は鏡でそれはなんの不思議もなくリアル仕立てで、しかも登場人物は全員これ以上ないくらいうんざりしているのだった。
性器の中は前例があったのかもしれないが、生理用品の裏に麻薬を隠すひとはまだいないのかもしれない、これは新発見にならないかしら。やらないけど。
「さっさと出ていきなさい」
机の上には私の空になったバッグと持ち物がめちゃくちゃに積まれたままで、係員が露骨に半裸以上全裸未満な私にイライラをぶつけてきた。マジで勘弁してください。取り調べが終わったらしかった。
外に出るとすぐに没収された飴と目薬について係員の上司のいかつい男から尋問を受けた。気付くと、飴です、これはニッポンの誇るパイン飴という飴ですよ、おいしいから遠路遥々わざわざ持ってきてんです、試してみますか?お望みならよろこんでとまでは言ってないけど飴もろとも机に叩きつけ抗議する自分がいた。おっさんは私の好意をいらないと言った。公務執行なんとかで捕まらなくてよかった。
ようやく解放されると、麻薬を見つけた大きな黒い犬がバカみたいにボールに夢中になっていた。「おまえのせいだ」と私は通じないように日本語で罵った。玉ねぎ食って死ねばいいんだと小学生みたいなことを考えた。犬が仕事をよくやったことも、犯人が半端な仕事をしたことも何もかにもが腹立たしかった。


気が立って立って仕方なかった。原因はひたすらはっきりしていても矛先の向けようがない以上どうしようもない。小説を読んでごまかそうとしたがなかなか集中できなかった。ちょうど警察から探偵が理不尽に殴られ続けるシーンだった。探偵のマーロウさんは仕事へのプライドをかけていた、けれども私は単純に遊びでフラフラ旅行にきてババ引いたというだけのダサい話で全然参考にならない。他のひとは前と同様ベンチで談笑していた。私は不貞腐れて芝生の上に寝転がった。

断片を繋ぎ合わせ、どうやら犯人は運転手だと判明して即逮捕、代わりの人間が向かっているのを待たないといけないらしい、そういう理解に及んだあとも、パスポートを取り上げられ離れることも許されない上とにかく待つしかないことにかわりなかった。
英語を話す唯一がどこか仕事に戻ってしまったせいで、ろくなコミュニケーションをはかれなくなった私はぼんやりと仰向けのまま青空を見ていた。バスは首都を目指していたから、首都までは無事にたどり着けるだろうと私は考えた。バスターミナルまでは無事に辿り着ける。
腕時計を見るともうバスターミナルどころか、ホテルに荷物を置いて街に繰り出していてもおかしくないほどに時間がたっていた。
「そんなに心配しなくてもサマータイムだし明るい時間にはつけるよ」と言った唯一の男の数時間前の言葉を「ほうら、やっぱり嘘になった」と思いながら、今夜死ぬ確率について頭をめぐらした。タクシーに乗ってルーマニアの事件のように闇の中で殺される確率はなんとなく3割にした、世の中そんなに悪いタクシーなんていないということと、3割は大きい確率だということがぐらぐらと揺れたけれど、どう考えても答えは殺されるかホテルに到着するまでお預けだった。いまは平和で、しかもあまりに暇すぎた。死にたくないなぁ、と日本語で言ってみた。こんなところで何してるんだろう、私が何したっていうんだろう、でも誰が見ても完璧に自分で選んだルートの上の話なのがあからさますぎて自分がバカ以外の答えに辿り着けない。何も面白くない。バスが遅れるのは想定してしかるべきことだったし、脱がされたくらいで何か減るものだってない。ちくしょう。でも死んだら違うな、私が減るもんなぁ。
突然、いますごく淋しいと思った。イランとアゼルバイジャンの国境に今自分がいることを知っているのは自分だけだった。でもそんなのいつだってそうだ。いつだって当たり前のことばかり心細くなる、と私は自分に言ってみた。誰かに電話をかけたいと思ったけれど、私は携帯を持っていなかったし、かける相手もいなかった。「今国境で足止めされててさぁ、、」そんなこと言われるほうだって困ってしまうに決まっている。
電話をかける相手――ようやく気が付いて私はそこらへんにいたアゼルバイジャン人の男をつかまえてガイドブックを見せ、目をつけていたホテルを指した。スミマセン、携帯、貸してください。
「日本人ですけど。いまから夜中につくから。お願いだから覚えてて」
電話をきって、1ミリだけ安心したような気になった。


バスが発車するぞ、と声をかけられたのはもう18時になるころだった。11時間の遅れだった。待ちくたびれた乗客たちは疲れ切ってはいたが、みんな嬉しそうにしていた。アゼルの道はひどいものだった。国境に通じる道の軍事的重要性についてどう考えているのか小一時間、それくらいガタガタの舗装のない泥道をバスはゆっくりと進んでいった。もっと速くしてよ、もっと・・・時計を見ながら、焦っても仕方がないことを何回も確かめた。

 

頭の中ではずっと一日のことがランダムに、でもぐるぐると回っていた。運転手が麻薬を隠した場所は私の隣の座席のシートの隙間だったそうだ。もし運転手がこっそりと私の荷物にでも麻薬をつっこんでいたら、そういう「もしも」と「どうして」、それから、「これからどうなる」が順番に来た。

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だってあんまりじゃないか。

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(はんにんはかならず現場に戻ってくる)

なぜか一緒にバスに乗り込んだ税関の彼が通訳をしてくれた。楽しい車内。旅は道連れ、でもその旅はバスターミナルまで、と私は留保を忘れなかった。バスは途中休憩所に一度より、お金を全く持っていない私はその彼に夕飯を恵んでもらった。白くて酸っぱいスープがおいしかった。せめてドル紙幣を渡そうとしたけど彼は忘れろといって受けとらなかった。
私のことを気に入って家にいらっしゃいと言った陽気なおばさんは、途中で降りてしまった。私は何度も覚えたてのことばでありがとうと繰り返して手を振った。


街が近づくと、車線はようやく、しかしどんどん増えて3本も4本も横に広がった。バスはすいすいと車の少ない高速をまっすぐに進んだ。バスターミナルには着いたのは深夜1時だった。
予想したのと1ミリも変わらないような痩せた三白眼が二三人、タクシー、と語尾すらあげずに寄ってきた。怖い。黙って首をふる。タクシーに乗るにしてもバスの乗客の中から中心街まで行く人間を見つけてどうにか相乗りさせてもらうしかないはずだった。ビリビリに緊張してバスを降りるひとたちを物色する。私に声をかけてきたのは唯一英語の喋れる彼だった。
バスの隣の座席にいて、私の入国審査からトイレ休憩から一挙手一投足を心配して声をかけてくれていたおばあちゃんがいた。そのおばあちゃんが、自分の息子が車でむかえにきているから乗っていけと私に申し出てくれているというのだった。息子という人間が現れて、彼がとてもきれいな英語を使うのを聞いた。私は「本当ですか」だけ呆けたみたいに繰り返した。息子だというひとがおばあちゃんの横に顔を並べて、「似てないかなぁ?」と笑ったが、私が疑ったのはもちろんそんなことじゃ全然なかった。
車に乗って気づいたらもう手遅れで涙が勝手に出てとまらなくなった。一体どうしたのか、水を買いにいかなくちゃと慌てるおばあちゃんに、鞄から自分の水を出してオーケイだからと示して謝った。かっこうわるくてたまらない。

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車はまっすぐに首都バクーの旧市街へ向かい、1000年前キャラバンサライを迎えたのと同じ城門をくぐって石畳の道に入った。城壁の向こうの黒の中に、夜に登りたつように真っ赤なライトのともったビルが見えた。ファイヤータワーだよとおばあちゃんの息子が言った。昔から火を崇めてきた国なのだ。私は車から降りると、入り口を案内するために降りてきたユースホステルの兄ちゃんに引き渡された。おばあちゃんの息子はホステルの中までついてきてくれて、なにかあったらすぐに連絡がとれるようにと親切まで言ってくれた。立ったまま書いたせいで歪みに歪んだ数字とアルファベットの羅列を一文字ずつ音読確認して、私はなんども頭を下げた。

シャワーをひねって頭から全身にお湯をかぶった。熱いと思った瞬間私はまた意味もなくしゃくりあげていた。すぐに泣く悪癖は一回はまると抜け出せないので本当に困ると思ったけれども、幸い誰もが寝ていたし、気疲れしたのは本当だから仕方ないと思うことにした。実際もう出たものは外に出てしまったのだ。頭からお湯を浴びて、手拭いを干して、水をがぶ飲みしてからあてがわれた上段のベッドにもぐりこんだ。マトモに日記なんか書くのがもう嫌になっていた。もうろうとした頭で、バスに乗っている間ずっと反芻していた言葉をノートに書いた。
「旅行者は犯罪者なのか」。
結局それは、いつもの――旅行中にはいつもいつも私につきまとってくる亡霊のようなものだった。
バカバカしい。
私は少し手を止めてから「そうなのかもしれない」と付け加えて終わりにした。
それでも、目を閉じると昼間に国境の下で見た青空がどうしてもどんどん広がっていく、その日はなかなか寝つけなくて困った。

 

⇒Tips レモンちゃんのネカフェから

アスタラでの麻薬騒ぎは本当によくあることらしいです。一般旅行者のみなさんはめんどうくさくても、アスタラまでバスで行き、国境は徒歩で超えて、そこからバクー行きの別のバスに乗りなおすのが賢明です!