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ドキドキしちゃう

ダメな人の自己愛ドライブレコーダー

世界のネカフェから  ブログのメイン。管理人の見た世界の不条理。
ツイッター   ゆるふわ日記。思考回路オープンソース企画。

その道だけで使う名前

土曜日、夏からずっとサボっていた習い事を実に半年ぶりに再開した。生け花。4年以上前に失恋やらで放心していた私に母が勧めてくれて通いだして、ずっと続けていたものだ。あと1回レッスンをすると、ひとしきりのコースが修了だかでお免状か何かが貰えることになっていた。ずっと花なんか触っていなかったから、きっとセンスもなくなっていると思ったけれど、先生のうちにいって、本当にご無沙汰いたしましてと挨拶して、テーブルがよごれないように新聞紙を引いたり容器に水を汲んで来たりそういう準備をしていたら、なんだか涙が出そうになった。そのくらい久しぶりだった。
月謝袋は8月の支払でそのあとが空欄になっていたから新しいものをもらわないといけなかった。個人の先生だから自由とはいえ、その位の長い期間自分の都合で休んでいたのだし、菓子折りのひとつでも持ってくるべきだったなと反省した。おばあちゃん先生なので健康も内心心配していたけれど、去年よりは体調がいいと仰っていて、どうか長生きしてほしいと心底思った。
花材は大ぶりの木瓜の枝と黄色の水仙だった。私は何年やっても花の名前が覚えられないけれど、すごく春という感じ。先生から自分の気持ちを表現してくださいと無理難題を言われてだいたい本当に困ってしまうのだけれど、まっすぐに高く枝を配して欲張らずにシンプルにまとめた。枝を曲げたり切ったりしていると、気持ちがすごく落ち着く。というか集中しないと本気で全然まとまらないのだ。花を入れすぎてもダメだし、一度切ると元に戻せないので一発一発のハサミのいれるときの覚悟はかなり危険な賭け。どうやっても後戻りできないところが面白い。いつも適当にごまかしてやってしまう癖が出ないように慎重にした。水墨画みたいだと多分褒められた。

流派のテキストが今回で修了で、消費税も上がってしまう前にお免状を申請したほうがいいと言われてそうすることにした。何か名前をもらえるらしい。“その道”で活動するときに使うらしい諱(いみな)で、先生の名前から採る一文字にあわせて何か字をつけるのだけれど、何か好きな漢字はあるかと聞かれた。すぐに一文字浮かんだけれど、ずっとこの先生に習ってきたのだから任せようという気持ちもある。
名前って不思議だと思う。親にもらった名前には親の気持ちが入っている。日本史を見ているとみんな結構自由に改名したりするけれど、誰かにもらうものだったり、自分で好きにつけてみたり。源義経なんかは自分で考えたタイプだったような。自分で好きにつけたい気持ちはあるけれど、人に完全に任せてみるのもまた一興だ。そこの部分をどうするかから自分で選ばないとならない。
HNもそうだけれども、超どうでもいいけどすんごく微妙にどうでもよくない、悩ましい。電気レモンは社会不適応だからと適当につけた割に結構気に入っているけれど。
それがきっかけかどうかわからないけれど、今までコンクールや何かに出展することに全く興味を感じたことがなかったけれども、やってみてもいいかなという気分になった。家に飾るのもいいけれど、もっと大きいものをやってみたら面白いかもしれない。ずっとそんなの面倒くさいの一点張りだったけれども。
今度行ったら、そんな話を言ってみようか、