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ドキドキしちゃう

ダメな人の自己愛ドライブレコーダー

世界のネカフェから  ブログのメイン。管理人の見た世界の不条理。
ツイッター   ゆるふわ日記。思考回路オープンソース企画。

カミュ「ペスト」読了したけどそんなにすぐ読書感想文なんて書けない現実に気づいた

1/17深夜ペスト読了。本を入手した日を調べたら12/26だった。おせーよ。
結論を言うと座右の書にすべき一冊ということですけれども、実際のところその座右の書とやらを詰めた段ボールはもういっぱいいっぱいで大変なことになるばかり、断舎利なんてとてもできない。(ここは多分自慢なんだと思う)
だから、読み終わったとしてもまだまだ読み返す可能性が高いというか、しまいたくない繋がっていたい本は、自然と私の積読タワーの天辺に鎮座することになる。(そうやって積み上げた私のナントカはナンカイトラフほどでなくともちょっとした刺激で崩れてしまいそうだ)
10頁のワンシーンやたった1行のセリフをゲシュタルトが崩壊するまで延々とリフレインする陰湿読書体験をエンジョイしていたが、終盤の約70頁程度は作者の求めるまま(当然ここは推測です)に一気に読んだ。急いで読むと、細部がわからなくなるし、読み返して初めて あーー、ってなることがいかに多いか。だからもう少し、読み返す必要がある。必要はないけど、

 

本来が座右の書という言葉はいつでもつかえるように出しておく書なんだから、そこには辞書とか、ハウツー本やらがあるはずで、そこの位置に小説が来るというだけで自己愛たっぷりのメンタル抱えた現代人丸出しだ。こういうことを書くと趣味が悪いと思われるかもしれないけど、別に自己批判でもなんでもなくて、むしろ辞書とかそっち系はネットの海にみんなで便利に格納したんだから、座右にそういう変態的なあれこれを飾れるようになった文明を素直に喜ぶという考えだってあっていいと思う。ドキドキしちゃうはネクラなネットライフを応援しています。
読書というものが如何にオナニー的な陰湿な個人的体験か。ちなみにペストにはドキドキしちゃう=エロい話は出てこなかったです。お医者さんが若い女の子の下着を剥ぐシーンもあるにはあるのですが、そこに黒斑を見つけて早速隔離措置で女の子は収容所送りになりました女の子のお母さんが絶叫しようがもう帰ってこれません死にますどんまいお母さんみたいなストーリーにエロを感じられるとしたらそれは変態というよりは鬼畜であって私はさすがに
おまえは な に を はなして いるんだ

話は戻って
読書というものが如何にオナニー的な陰湿な個人的体験か。
これは大阪労働局のHPにもわかりやすく書いてある。

就職差別につながるおそれのある不適切な質問の例 | 大阪労働局

あなたは、どんな本を愛読していますか。

◆ なぜこのような質問はいけないのか? ◆
 思想・信条や宗教、支持する政党、人生観などは、信教の自由、思想・信条の自由など、憲法で保障されている個人の自由権に属することがらです。それを採用選考に持ち込むことは、基本的人権を侵すことであり、厳に慎むべきことです。思想・信条、宗教などについて直接質問する場合のほか、形を変えた質問を行い、これらのことを把握しようとする企業がありますが、絶対に行うべきではありません。

 
そう、思想信条なんてーものは社会において公言すべきではないつまり恥ずかしいことなのだ。○○を読んでるなんて誰にもばれたくない恥ずかしい/////って前は過剰な位思っていた。音楽も同じ。今でもなかなかね、、ジャズがすきーなんて言えない/////

でも、「ドストエフスキーが好きです」という言葉の裏にあーんな中二病やこーんな黒歴史を連想している恥ずかしい自分というものは、そんなに簡単にばれることはない。
それがバレるには、相手がドストエフスキーを読んだことがあるという経験がまず必須だし、古典なんか読んじゃっている時点でそのひとも同類なんだからなんら恥ずかしいことではない。考えすぎ、自意識過剰ってやつだ。
「どーせ読んだことないだろう」に安心して、少しは好きなものも言えるようになったというところもある。特にネットはリアルとは断絶させているので、練習にはもってこいだ。多分。昔は、2chやアマゾンの書評欄でロムを続けることで個人的な変態的欲求をなんとか満たしていたけれども私は自分から喋りたくなった。

公言できないでコソコソしているっているのは、こじらせ系という言葉でくくってしまうのは簡単なんだけれどもー、
現代人は社会的に合意のある文化(カルチャー)だけでは足りないから補完(サブ)が必要な訳で・・・
サブカルがないと死んじゃう人間は昔っから少数でいたし、かつ昔はもっとその少数派が対峙するのは色々丸くなった現代と比べたらとんでもなくハードなものだったんだろうし私が古典と呼ばれる本を愛読する理由もそこらへんなんだろうと思う。
玉石混交の中サバイバルしてきたのだから打率がとんでもなく高いのも頷ける。
(勿論古典でゆーめーだから面白いというのはありえなくって、私からみると駄作?としか思えない古典もたくさんある、うっかりファンの目の前でDisりをやらかした経験も多数なので注意している)


 

スイマセン、ちょっととりとめがなくなりすぎなので
話をペストまで戻してみると、

まず構成がすごい。うまく出来た小説で脱帽した。
現代社会を風刺しつつ、ルポルタージュ風のエピソードを並べることで群集心理が鮮烈に現れる。これでもかと客観的視点をとる形で読者の安易な共感を許さず、病魔に覆われた街を俯瞰で見せつける。この不条理ひしめく世界で人間はまたいかにあるべきか・・・その問いに対してひとつのこたえが提示されるが、それを批判するのではなく否定する形で「反抗的人間」とは何かを描き切った渾身(かどうかは知らないけど)の傑作(なのは間違いありません)。

いい言葉やこれからの指針になるべきアイディアが沢山書いてあって、ドッグイヤーはもうやけっぱちの21カ所です。
(全部のページを折ればいいじゃんと中の人に言われてしまった)
主人公はかっこいいし、
人間ってものは・・・
なんてーかですね、感想文を書くよりも、魅力を伝える記事を書きたい位の気分になりました。感想文ではなく、レビューを書きたいのかもしれない。
(感想文って読んだら読んだ気になっちゃうでしょw)

と、
次回の記事ではちゃんと感想文を書くからよろしくね!こういうことを続けているとだんだん誰にも信じてもらえなくなるって狼少年が言ってた。
言い訳としては、感想といっても色々思うことがありすぎてとっちらかって収集がつかないのが現状であります。困ったにゃーん、

 

そう、こういう悩みは楽しんだけどね~ 

悩んでもいい悩みと悩まないほうがいい悩みがある。時間は有限だからだ。

 

パッと感想を書ける能力は一体身に着くのだろうか。そう、これは悩まないほうがいい問題なので気にしないようにしようw